野球のボールは、投手のリリースから
およそ
0.4秒でホームベースに到達します。
これは、
まばたき2回分程度の時間に相当し、
人間が視覚情報を受け取ってから
反応を起こすには極めて短い時間です。
このわずかな時間内に、
打者は「ボールを見てからスイング」するのではなく、
ボールが来る前に予測して、
スイングの準備を整える必要があります。
前回の記事では、
優れた打者が投手のモーションやボールの初期軌道などの情報を活用して、
早期に予測を行っていることを紹介しました。
今回は、この予測力を高める方法として知覚トレーニング(Perceptual Training)について解説します。
知覚トレーニングって何?
知覚トレーニングとは、「どんな球が来るか」を予測するためのヒント(これを専門用語で cue = 手がかりと言います)を見つける練習のことです。
たとえば…
- カーブを投げるときは、手首の角度がいつもと違う
- アウトコースのときは、足の踏み込み位置が少し外側になる
こうした
小さな違いを見抜く力を伸ばすのが、知覚トレーニングの目的です。
こうしたヒントを活用すれば、完全ではなくても、ボールを見る前に「ボールを絞る」ことができ、思い切った強いスイングができます。
実際、予測力は四球率(選球眼)だけでなく、長打率とも関係します。つまり、予測力が高い選手ほど、OPSも高いのです。
どうやってやるの?
知覚トレーニングは、打者目線あるいは捕手目線の投球映像を使って実施されます。
一般的な手順は以下の通りです:
1. いろいろな球種やコースの映像を用意する
2. 次のような、途中(たとえばリリース直後)で映像を黒く隠した遮蔽映像に編集する

3. 2の映像を打者に呈示して、遮蔽後、「どんな球か(球種やコース)」を予測して口頭やスイングで回答させる
4. 答え合わせ(フィードバック)をする
5. 3と4 を繰り返して、ヒントを見抜く力を育てる
たとえば、ボールが手を離れた瞬間以降を見えなくすることで、
「その前までの動きだけで予測できる力」を鍛えることができます。
以上が基本的な手順になりますが、
3つの異なるやり方(タイプ)があります。(詳細は補足1を参照)
タイプ1: 顕在的タイプ(=あらかじめヒントを教える)
このタイプは、基本手順3の前に、
「こういう動きをするときはカーブが来やすい」など、
事前にいろいろな手がかりを教えたうえで、
基本手順を繰り返すタイプです。
事前に与えられた手がかりを使って予測を繰り返すことで、
予測が急激に高くなります。
タイプ2: 潜在的タイプ(=自分でヒントに気づく)
このタイプは、顕在的タイプと異なり、ヒントは教えずに、基本手順3と4を繰り返す練習です。
この方法では、うまくなるには少し時間がかかりますが、感覚的に手がかりを見抜く力が育ちます。
手がかりが分からないときに、有効な方法です。
タイプ3: 誘導タイプ(=熟練者の視線を参考に)
このタイプは、2の映像に、うまい選手がどこを見ているか(視線の動き)を重ねて表示し、予測する練習です。
直接手がかりはわかりませんが、どこを見ればいいかがわかるので、潜在的タイプより効率よく学べるのが特徴です。
こちらも手がかりがわからないときに、有効な方法です。
3つのタイプ まとめ
このように、知覚トレーニングには複数のタイプが存在します。
・重要なヒントがすでにわかっているなら「顕在的タイプ」
・ヒントが不明な場合は「潜在的タイプ」
・みているところが得られる場合には「誘導タイプ」
を用いると効果的です。
つまり、状況に応じてトレーニングの種類を使い分けることが、
予測力向上の効果を最大化する鍵となります。
実践の工夫: より高い効果を引き出すには?
(詳細は補足2を参照)
スイングによる回答が効果的
予測結果を「口頭で」答えるより、「スイングで」回答した方が予測精度が高まる可能性が示されています。
これは、口頭とスイングで脳の中の処理経路が異なることに起因するとされ、実戦に近い反応形式の方が効果的です。
「見る」だけでなく「やってみる」
近年の研究では、
投手動作を真似する(模倣する)ことが、
見分ける力の向上につながることが明らかになっています。
この背景には「行為観察ネットワーク」という
脳の仕組みがあり、
経験のある動きは視覚的にも識別しやすくなるからです。
野球に似た競技であるクリケットでは、
対戦投手のモノマネが打撃成績を向上させたという報告もあります。
この観点から、
投打両方を経験することの意義も再評価されつつあります。
ここまで解説した通り、予測力は「鍛えられる」ものです。
知覚トレーニングは、中学生からMLB選手まで幅広いレベルの選手に効果があることが研究で示されています。
加えて、近年ではVR技術を用いたトレーニングも開発されており、より実戦に近い形で予測力を鍛えることが可能になってきています。